HELICOBACTER PYLORI
ピロリ菌
ABOUT
ピロリ菌とは
ヘリコバクター・ピロリ菌とは胃の中に住み着くらせん状の菌です。一般的に免疫が発達段階にある幼少期に感染し、その後持続的に胃の中に住み着き持続感染した状態となります。長期間に亘りピロリ菌が胃のなかで感染状態にあると、胃の粘膜が炎症を起こし、萎縮状態になります。これを萎縮性胃炎(慢性胃炎)と呼びます。近年はピロリ菌に感染している人は減少傾向ですが、高齢の方にはピロリ菌に感染している方が多く、胃がんの危険因子となっています。
ピロリ菌は1982年にオーストラリアでウォーレン医師とマーシャル医師により発見されました。なんとマーシャル医師はピロリ菌を自ら摂取して、胃炎が起きることを証明しました。その発見の功績により2人は2005年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
日本では2001年に上村直実先生が呉共済病院で行った研究が非常に有名です。
この研究はピロリ菌感染のある人とない人を平均7.8年追跡し、胃がんの発生はピロリ菌感染のある人からのみ発生したことを報告した研究です。
現在胃がんの研究は進み、ピロリ菌未感染の人にも胃がんは発生することはありますが、ピロリ菌と胃がんの関係を本邦から発信した研究として世界最高峰の医学雑誌であるThe New England Journal of Medicineに報告されました。また世界保健機関(WHO)も1994にピロリ菌を明確な胃がんの危険因子として定義しております。
これは肺がんと喫煙の因果関係と同一レベルの危険因子であることを意味します。
またピロリ菌は胃がんだけでなく、以下の病気との関連もあります。
胃潰瘍
特発性血小板減少性紫斑病
萎縮性胃炎
十二指腸潰瘍
機能性ディスペプシア
逆流性食道炎
MALTリンパ腫
胃過形成性ポリープ
慢性蕁麻疹
SYMPTOMS
ピロリ菌の症状
ピロリ菌は感染している状態であっても症状を呈することは少なく、無症状で受けた検診でピロリ菌感染が指摘される方がほとんどです。一方、慢性的な上腹部(胃部)の症状であるみぞおちの痛みや焼ける感じ、食後の胃もたれ、食事を始めてすぐに満腹になる(早期満腹感)、胃のムカつきなどの症状を呈する疾患群を機能性ディスペプシアと呼びます。この機能性ディスペプシアが疑われ、ピロリ菌の感染が判明した場合、ピロリ菌関連ディスペプシアの可能性があり、ピロリ菌の除菌治療が推奨されます。ピロリ除菌治療によりこれらの症状の軽減が期待できます。
またピロリ菌は感染により胃潰瘍や十二指腸潰瘍を引き起こし、腹痛や吐血の間接的な原因になることもあります。いずれにしても症状の改善のためには除菌治療が必要です。
TRANSMISSION
ピロリ菌感染の感染経路
ピロリ菌に感染するリスクとしては社会経済的状況(socioeconomic status)や生後早期の生活環境に関連していると言われています。特に住宅の密集度や過密状況、兄弟の人数、ベッドの共有や上下水道の未整備(井戸の使用)などの要因がピロリ菌感染との高い関連性があるとされています。特にピロリ菌は水中でも数日間生存するとされており、日本では井戸水の使用でピロリ菌が家庭内で広がっている場合もあります。親にピロリ菌感染があれば子供が感染している可能性は十分考えられます。
日本の感染状況としては経済発展とともに住環境が改善し徐々にピロリ菌感染の有病割合は徐々に低下しています。年代別に見ると1950年以前に生まれた成人の70~80%、1950~1960年生まれの45%、1960~1970年生まれの25%が感染しているとされ、低下傾向が顕著です。
EFFECTIVENESS
ピロリ菌除菌治療の効果
ピロリ菌は退治すべき菌です。日本からの研究ではピロリ菌が感染している胃からは10年で5%が胃がんに進展することが報告されています。100,000人のピロリ菌保菌者がいれば10年で5,000人に胃がんが見つかることになります。また別の研究では、ピロリ菌に感染している人では、生まれてから85歳までに胃がんに罹る確率が男性で17.0%(約6人に1人)、女性で7.7%(約13人に1人)に上る可能性が高いことが報告されました。
ピロリ菌を除菌治療して成功した場合、どの程度胃がんの頻度を減らすことができるのでしょうか?国立がん研究センターの報告では胃がんの既往がない方がピロリ菌の除菌治療をした場合、将来の胃がんリスクは約3分の1になると言われています。また胃がんの治療をした方でもピロリ菌の除菌治療後は胃がんの再発率は半分になると言われております。
TESTING
ピロリ菌の検査方法
ピロリ菌の感染の有無を調べる検査は6つあります。それぞれ長所と短所があり、状況に応じて使い分けて検査が行われます。そして胃カメラを使用して調べる検査と胃カメラを使用せず調べる検査の2つに分類されます。
1.胃カメラを使用して調べる方法
1.培養法 (ピロリ菌の発育しやすい環境で5~7日間培養)
採取した胃粘膜を培養して増えたピロリ菌の有無を調べます。直接ピロリ菌を調べる正確な方法ですが、時間がかかることが欠点です。
2.鏡検法 (病理学的に直接ピロリ菌を観察する方法)
胃カメラの時に採取した胃粘膜をホルマリン固定した後に染色して、顕微鏡でピロリ菌有無を調べる検査です。
診断特異性(ピロリ菌が確認できた場合の正確性)は高いですが、ピロリ菌が確認できなくてもピロリ菌感染を否定するものではありません。
3.迅速ウレアーゼ試験法 (ピロリ菌の持つウレアーゼという酵素の反応を用いた検査)
特殊な試薬に採取した胃粘膜を入れ、色の変化にてピロリ菌の有無が判定できます。
2.胃カメラを使用せず調べる方法
4.ピロリ菌抗体法 (現在または過去のピロリ菌感染を血中の抗体を用いて調べる検査)
ピロリ菌が体に感染すると、体は菌に対抗するために抗体と呼ばれる免疫物質をつくります。ピロリ菌に対する抗体の有無を血液検査で調べます。
欠点としては、過去に感染していたが現在は陰性になっている方(既往感染)でも陽性となってしまい、除菌治療の必要性が正確に判断できないことがあります。
5.尿素呼気検査法 UBT (ピロリ菌が尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解する働きを利用した検査)
最も信頼性の高い検査になりますので、除菌治療の成否を判定する除菌判定に用いられます。
また抗体検査と合わせて現在感染しているかの判定にも用います。
6.便中抗原 (便の中のピロリ菌の抗原を調べる検査)
便の中にピロリ菌の成分(抗原)が混入しているか調べることによりピロリ菌有無が判定できます。
当院ではピロリ菌感染の診断に胃カメラの際に組織を採取して判定を行う3.迅速ウレアーゼ試験法を採用しております。追加で判定が必要な際には4.ピロリ菌抗体法または5.尿素呼気検査を用いて追加判定を行います。また除菌治療後の成否の判定には5.尿素呼気検査を行っております。
ERADICATION
ピロリ菌の除菌方法
現在、胃カメラで”慢性胃炎(萎縮性胃炎etc)”や”胃潰瘍”があり、その上各種ピロリ菌検査で”陽性”の結果であった方が保険診療で除菌治療が可能です。
1.内服治療
ピロリ菌は幼少期からの長期間持続する菌であるため、抗生剤が2種類必要です。その上で胃酸を抑制する制酸薬を含めた3種類の薬(ボノサップパック400)を朝夕内服し、毎日連続して内服し1週間続けていただきます。
2.除菌判定
内服後約2ヶ月で除菌の成否を判定します。判定方法は上記の尿素呼気試験(UBT)で行います。
SUCCESS RATE
ピロリ菌除菌治療の成功率
1.初回除菌治療の成功率
1回目の除菌治療で約80%の方が除菌成功になります。
2. 1次除菌が不成功の場合の治療
1回目の除菌治療が不成功の方は2次治療を受けていただくことになります。
治療で使用する抗生剤を1剤変更した治療薬(ボノピオン)を使用します。
3.2次除菌の成功率と不成功の割合
2次除菌までで約95%の方が除菌成功しますが、残念ながら5%の方は除菌が不成功になります。
4.3次除菌以降の治療と専門外来紹介
2次除菌が不成功の方は3次除菌以降の治療は全額自費診療になります。相談の上ピロリ菌の専門外来のある病院へ紹介が必要になる場合があります。
CAUTIONS
ピロリ菌除菌治療における注意点
1.飲み忘れずスケジュール通り7日間内服を継続してください。
高い治療効果を発揮するためには、除菌薬を正しく内服することが大切です。飲み忘れがあると除菌率が低下し、除菌不成功の原因になります。
また中途半端な抗生物質の使用になり、耐性菌が出現し、その後の2次除菌治療の際に治療効果を低下させる可能性があります。
2. 喫煙について
「H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2016改訂版」では除菌治療中は禁煙を強く指導するよう推奨されています。
喫煙は一次除菌薬で使用するクラリスロマイシンの治療効果を低下させる可能性があるためです。
当院で使用するボノサップ400には兄弟薬としてボノサップ800があります。これは喫煙量が多い方向けにクラリスロマイシンが倍量になった製剤です。現在喫煙者での治療効果はボノサップ400とボノサップ800での除菌率に有意な差がないと報告され、ボノサップ400を使用する医師が多いです。
ただし、喫煙は百害あって一利なしです。特に除菌治療期間は治療不成功のリスクは高めないように禁煙をしましょう。
3.飲酒について
除菌治療中の飲酒で特に注意が必要なのは「2次除菌療法」の期間です。2次除菌で使用するメトロニダゾールはジスルフィラム-アルコール反応を高い確率で引き起こすことが分かっています。2次除菌中にアルコールを摂取すると、体内にはアセトアルデヒドがいつも以上に蓄積することで、頭痛や嘔吐、腹痛、ほてり感を引き起こします。そのため、2次除菌の間はアルコールを控える必要があります。
SIDE EFFECTS
ピロリ菌除菌治療の副作用
除菌治療中には一定の割合で副作用が起きます。特に多い症状としては下痢や軟便、舌炎、味覚障害、アレルギー反応(アナフィラキシー)、発疹などの過敏症、肝機能異常、腎障害などです。頻度が多い症状は以下の通りです。
下痢や軟便は抗生物質使用の影響であり、症状が強い場合は整腸剤(プロバイオティクス)の内服で経過を見ることがあります。
COST
ピロリ菌除菌の費用
ピロリ菌除菌の費用(保険適用の場合)
ピロリ菌の除菌には健康保険が適応されます。
ピロリ菌除菌治療の費用ですが、診察、除菌治療薬、除菌判定を1セットとした場合は3割負担で約6,000〜7,500円程度です。
2次除菌の場合は12,000〜15,000円程度となります。この他に除菌前の胃内視鏡検査の費用がかかります。
自費診療となるピロリ菌検査と除菌治療
1.胃カメラの必要性と保険適用の条件
胃カメラは保険診療としてピロリ菌検査ならびに除菌治療を行うためにも必須となっています。
そのため、胃カメラを受けていない場合、ピロリ菌検査も除菌治療も保険適用されず全額が自費診療となります。
(※半年以内に検診などで胃カメラを受けている方はその限りでありませんので、お申し付けください)
2. 3次除菌治療以降の料金形態
3次除菌治療以降は、保険適用されず自費診療になります。
3.薬剤アレルギーによる治療の自費負担
クラリスロマイシン(クラリス)とアモキシシリン(ペニシリン系抗生剤)にアレルギーがあり、規定の薬剤セット以外を使って除菌治療する場合も保険適用されず自費診療になる場合があります。
ピロリ菌検査の費用(自費)
PRECAUTIONS
将来の胃がんを防ぐためには
胃がんの原因ははっきりしています。胃がんの95%はピロリ菌感染症が原因です。肺がんとタバコの関係と同じです。
現在広島市では50歳以上の方が胃がん検診で胃カメラが可能です。しかしピロリ菌の除菌は若ければ若いほど将来の胃がん抑制効果が高いです。タバコを若いうちに禁煙できれば将来の肺がんのリスクが減らせるように、胃がんも早めのピロリ菌のチェックと除菌が一番望ましいです。
広島市の検診の開始年齢まで待たずに、ピロリ菌の感染の有無は血液検査(自費 約3,000〜5,000円)でも検査可能です。
特に胃がんやピロリの家族歴のある方はご相談ください。
REFERENCES
参考文献
Uemura N, Okamoto S, Yamamoto S, et al. Helicobacter pylori infection and the development of gastric cancer. N Engl J Med 2001;345:784-9.
IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Schistosomes, Liver Flukes and Helicobacter pylori. Lyon (FR): International Agency for Research on Cancer; 1994. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, No. 61. P. 1–241.
Ishii N, Yano T, Shiratori Y, Omata F. Pitfalls of Advanced Endoscopy Technologies in Gastrointestinal Cancer Screening. Am J Gastroenterol. 2023;118(2):371-2.
Kawai S, Wang C, Lin Y, Sasakabe T, Okuda M, Kikuchi S. Lifetime incidence risk for gastric cancer in the Helicobacter pylori-infected and uninfected population in Japan: A Monte Carlo simulation study. Int J Cancer. 2022;150(1):18-27.
Lin Y, Kawai S, Sasakabe T, Nagata C, Naito M, Tanaka K, et al. Effects of Helicobacter pylori eradication on gastric cancer incidence in the Japanese population: a systematic evidence review. Jpn J Clin Oncol. 2021;51(7):1158-70.